無題

利巧に立ち回ろうとしている人を傍で見ている位冷や冷やするものはないです。
なんて間抜けだろうと思います。

神経質で、敏感で、いつもいい子になりたいと思ってる奴は
時としてよく相手の心を見抜くもんです。
だけど、
自分に関係の無い事柄、つまり、
どっちにしたって自分は自分でいられる場合には恐ろしく鈍感なもんです。

最近思うことなんだけど、要するに過ぎてしまったことだ、と。
確固たる意志に抵触するほどでもない、柔軟な心というものを誤解しないで欲しい。

ふとそう思うだけで僕は自分の過去を語ることがどうにも不可能に思えてきます。
僕がしてきた経験の語りにくい部分だけが、
今の僕の体のどこかに生きているように思います。

だから、そう思っただけで心はいっぱいになってしまうんです。
何にも言えなくなってしまうんです。

そしていつも思います。
独創なんてものは本来、珍奇なものでも、華やかなものでもない。
心を傾けて自分の資質が表現できれば、いつも独創的表現になるんだと。

自分の本当の姿を見つけたかったら、
自分と言うものを一切見失うまで自己解析を続けなきゃいけない。
途中で見つける自分の姿はみんな影に過ぎない。

2009年。
僕はどのあたりを走っているんだろうか。

勇ましいものはいつでも滑稽なんです。
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Commented by カツキ at 2008-12-21 22:57 x
僕は本当の自分を見つめてみたいとき、自分を極限にまで追い詰めます。悪魔払いのようにね。僕は自転車だけどね。追い詰めてみた時の自分の答え。それを自分は好きなのか?許せるのか?そういう事をしています。
でも多分、限界になんて到達していないんだろうな。
全身が痛みと苦しみで充満されても、筋肉が切れても、新たなパワーを欲する精神力は身体に作用して不思議なパワーを捻出してくれます。
今のところ発見できているのはここまで。人間は奥深くて面白いよ。

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by arapf331 | 2008-12-17 16:50 | 雑記 | Comments(1)

腹立てず 心は丸く 気は長く おのれ小さく 人は大きく!荒武裕一朗


by あらちゃん